Vielen Dank.

地球上で最期の一言は『ありがとう』で。
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    ぽちが地球にいたころ。
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      ぽち

      登録名は「ぽん」。でも通称、及び本人の認識名称は「ぽち」。
      平成元年1月、妹によって神社の公園に
      「ひろってください」状態のところを保護される。
      当然、お約束の家族との押し問答が繰り広げられる。
      幸い我が家は犬嫌いは居なかったので、
      うやむやの内に飼うことになった。
      4月の予防接種で女の子であることが判り、
      「ぽち、だと男の子みたい…」
      と、その場で登録名を「ぽん」にしてしまった我が家族。えー。
      幼い頃は猫のきんちゃんと微妙に気が合う。
      女の子なのに足を上げておしっこする。(笑。誰の真似をしたんだろう??)
      人間の上下関係を良く判っている。
      その家でいちばん年下の人を自分(ぽち)より弱い者として
      世話をやく?という犬の本に書いてあった通り、
      更に妹が拾い親である事を良く判っているので、
      妹に対して態度が違う。

      (しかし彼女は大学の近くで一人暮らしの間は
       たまに帰ってくるだけだったので流石にぽちに冷たくされてた…(^^ゞ)




      少し大きくなって庭に引っ越した頃(それまでは勝手口にいた。)
      夜中に吠えるので父が水をぶっ掛けて怒る。
      で、水が大嫌い。
      海岸に行っても海に近寄らなかった。
      シャンプーの時は諦めて大人しくしている。


      散歩も気まぐれ、とりあえず御飯はあげる。
      という、彼女にしては過酷な生活が続く。
      遂にある時体調を崩して緊急入院。
      けっこうやばかった……。


      筋金入りの雑種だが、いまだに小型犬サイズしかないのは、
      散歩(運動)不足である。(断言)
      散歩を毎日家族が(なまづではない。)するようになったら、
      身体つきが明らかに変わった。
      そして辛抱強い。(こんな生活していればね。)




      ずーっとアイドルだったのに
      平成6年
      こちょうとらんが来てしまい機嫌が悪くなる。
      しばらくは犬小屋が離れていたので一応小康状態が続いた。が、
      我が家の庭事情により犬小屋が3つ並ぶことになる。
      自分のテリトリーに不法侵入されて
      いじけたり怒ったり。
      更に「らんとむさし事件」(らんページ参照/これから書きます…)
      もあったりで、忙しいぽち。

      トイ・プードルのこちょうと
      嫁姑戦争勃発。
      でも以前、ぽちはこちょうに耳を噛まれているので、
      こちょうのほうがいばりんぼ。




      2002年春。青天の霹靂で肺癌であることが判明。


      咳き込むのがだいぶ続いているので通院し始めた2回目。
      咳止めの薬が切れたので、たまたまその日はワタシが連れて行った。
      先生は何かを感じられたのか
      その場でレントゲン撮って即現像。


      真っ白でした。


      ぽちのちっちゃな肺の中は
      きらきらと白い影でいっぱいでした。

      医療事務の端くれですから
      事態はすぐ分かりましたが。

      「え、じゃ、せんせい、とりあえずこの薬飲むんですかね?」
      「これはただの抗生物質だから飲んでも仕方ないですよ。」

      放心状態で帰宅。

      まだ派遣パートで時間は融通がきく身分だったので、
      1ヶ月おきの抗がん剤と栄養剤の点滴の送り迎えはなまづの係りに。
      最初は嫌がっていたぽちも
      点滴をしてもらうといくらか楽になることがわかってきて
      じっと黙って看護師さんに抱かれて病室に入っていくようになった頃には
      ワタシの方が半べそで見送っていました。

      抗がん剤の副作用は、ただひたすら嘔吐。
      毛が抜けたりなんてことはありませんでした。
      帰りの車の中からもどしっぱなし。

      食事がだんだんとれなくなって、
      大好きなアイスも気持ち悪くなって食べられなくなった。
      唯一口にしたジャーキーも焼き鳥も最初はドクターストップ掛かったけど
      だってこれしか食べないんです!
      の一言で
      「湯通しして余計な塩分や味付けは取る事」の条件付でおっけぃに。


      最後の日は
      早朝痙攣を起こしているのを母が発見。
      一応落ち着くが呼吸が思わしくない。
      よくよくなでて、体をさすって、「何かあったら直ぐ連絡頂戴」と出勤。

      始業後間もなく電話。
      「病院の先生と連絡取れたからすぐ連れて行くけど…」
      わかってる、わかってる。
      ぽちだってわかってる。
      でも最後までどうにかしてあげたい。


      帰りの電車で旅立ちの電話。


      落胆しすぎて涙も出ない。



      最後はぽちが一番信頼していた先生に、看護師さんに見取って頂いた。
      「もうダメ」と直前に電話連絡はくれてた模様だったのだけど、
      その時家にいた唯一運転できるの父は
      すぐには動けなかったとのこと。

      だって、みんなぽちが居なくなるのは信じたくなかったんだもの。



      半年間がんばりました。
      本当によくがんばりました。
      精一杯生きました。
      犬と生活することを全身で教えてくれました。









      余談。
      まったくぽちと同じ時期に肺癌がわかった患者さんがいらっしゃって
      残念ながらその方は、あっというまに亡くなられてしまいました。
      ぽちはその方の倍頑張った計算になります。
      我が家の家族にぽちを看病する時間を与えてもらえたこと、
      ぽちとの時間を少しでも延ばしてもらえたこと、
      今でも本当に感謝しています。
      | こちょうらんぽち*我が家の動物事情 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0)
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