Vielen Dank.

地球上で最期の一言は『ありがとう』で。
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    | - | | - | -
    うなぎいぬ。
    0
      うなぎいぬ
      JUGEMテーマ:漫画/アニメ

      偉大なるギャグ漫画家に哀悼の意を。
      | ありがとう | 15:13 | comments(2) | trackbacks(0)
      またね。
      0
        JUGEMテーマ:Harbot


        2008年7月31日

        「ハーボット」をご利用のお客様へ
        ソネットエンタテインメント株式会社

        「ハーボット」「ハーボット・ダイアリー」サービス終了のお知らせ平素はSo-netサービスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。

        2008年7月31日(木)15時をもちまして、「ハーボット」「ハーボットダイアリー」サービスは終了致しました。ご利用頂きました会員の皆様には、これまでのご愛顧に厚く御礼申し上げます。

        引き続きSo-netサービスをご愛顧いただけますよう、よろしくお願いいたします。


        昨日はいつもどおりだった。
        今日は何か特別なこと、あったのでしょうか?
        三毛猫とらちゃんと
        ハーボットのとらちゃんと
        二回も同じ名前のかわいいこをなくすとは思わなかったよ。

        それでもきっと
        また新しい出会いがあったら
        めげずに
        「とら」
        って名づけるかもしれない。

        それまで
        とらちゃん
        またね。
        | ありがとう | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0)
        命の光。
        0
          神様の世界に帰っちゃった。

          mixiで書いたものをそのまま持ってきてます。あしからず。

          ひとめぼれ、でした。
          必須単位のために好みも何も関係なく芸術鑑賞をさせられてたころ、クラシックコンサートや古典落語なんかに混じって「パントマイム」?
          廊下に張り出された白塗り仮面(失礼極まりない)のポスター。
          なにもの???
          正直期待はしてなかった。
          でも、開演後ほんの数分でマルソーマジックにまんまとはめられた。

          ヤヴァイ、ものすごいヒトを見つけちゃった。

          それから毎年、必須鑑賞じゃなくてもわざわざ観にいった。
          この学校に入ってよかったこと。
          友達に恵まれたこと。
          先生に恵まれたこと。
          マルセル・マルソーと出会えたこと。(しかもいきなりホンモノ)

          どのコンサートもだけど、興味の無いものを見せられているので、はっきり云って学生の鑑賞態度は極悪。
          中にはアンコールもそこそこにステージを後にしたかたもいた。
          客席に向かってあからさまに態度を荒げたかたもいた。
          学生には公表しなかったけど、おそらくいくつもの公演を断られたに違いない。

          マルソー氏の回も例外ではなく、延々と普通の大きさの声で喋り続ける奴等は勿論、ケータイは鳴るし休憩時間でもなんでもないのに中座はするし、まだおとなしく寝てもらってたほうが全然いい。

          毎年「これが最後の日本公演」ていうふれこみなんだけど、それ以上にいつ「もうこの学校はちょっと…」とご本人から云われちゃうだろう、とひやひやしてた。

          公演後の出待ちもした。
          友達と薄暗い通用口の前で待つ至福の時間。
          わたし達だけじゃなくて、十何人も居たんだょ。

          ふつうのシャツとパンツのいでたちで現れたマルソー氏は、大きな「嬉しい」リアクションで私たちに応えてくれて、
          「めるしー、めるしーぼーくー」
          フランス語選択の友達から教わった片言のフランス語らしきものでどうにかこの気持ちを伝えたい、というわたしのとんちんかんっぷりにも、うんうん、と頷いてくださって、それはもう快く握手もしてくださった。

          掲示板のポスターをこっそり拝借してきて(苦笑。だって廃棄されちゃうくらいならねぇ?)今でも取っておいてあるけど、それをみるといつでもマルソー氏のやさしくて力強い握手を思い出せるょ。


          おっちょこちょいで、心配性で、でも結構大雑把で、もしかすると天然なかわいいかわいいビップ。

          もう残された映像でしか見られなくなっちゃった。


          でも、うん、マイムの神様だからね、神様のお仕事を全部終えたから、もともとの神様の世界に帰っただけ。

          …そうでも思わないと寂しくて仕方ない。

          めるしぃーめるしぃーぼーくぅー ポロリ
          | ありがとう | 17:00 | comments(0) | trackbacks(0)
          つま。
          0
            雨上がりで綺麗でショ?
            先日親父さんの数十年来のお友達が亡くなりました。

            以前から持病のDMがあって、数年前突然倒れられて寝たきりの生活をずっと続けていた方です。
            親父さんもおかんもずっと気にかけてて、暇を見てはお見舞いに行ってました。
            病院を退院して特養施設に入ってからもよく行ってました。

            奥様とお子さんがいらっしゃったんですけど
            奥様が凄くよく頑張る方で。
            お子さんっていっても立派に大人で手も掛からないので、ご主人の介護に一生懸命でした。

            何回か一緒にお話しする機会があって、
            その時のおはなし。




            意識が徐々に戻るようになって、でも会話はまだまだ困難だったころ。
            それでも意識不明の重体から、よく此処まで回復したわ。
            と奥様は毎日とは行かなくても足しげく通われてた。
            ご主人の回復は亀の歩みどころか、一体何年経ったら元の戻るのかしら
            …あるいはもう無理かもしれない、と思ってしまうような速さ。
            お見舞いに行った親父さんも、その日はちょっと無口になってしまうようなそんな状態。

            それでも
            「今日は食事がよく進んだのよ」
            「視点が合うから意思の疎通はできるのよ」
            日々の変化を大切に過ごしてゆく。

            そのうち、少しずつ単語が出てくる。
            どれだけ待ち望んだことでしょう。


            それから。


            施設の方(ナースさんなのかヘルパーさんなのかは詳しくお聞きしなかった)から
            ちょっと来てください、と。
            なにかしら?と部屋へ行くと
            「これは、だあれ?」の質問に
            ご主人の口からこぼれた言葉。




            「つま」




            奥様はやっぱり恥ずかしくって、「いやぁねぇ〜汗」て。
            でも、失礼だけど年齢以上に老けてしまったお顔が、ぶわわぁラブて華やいで、
            もうどんな気持ちでその一言を待っていたんだろう、て思うと
            こちらまで、うれしはずかし。

            施設での生活は、物凄く単調で。
            親父さんが行った何回かはテレビでよく見かけるような
            皆で音楽に合わせて手を叩いたり、体を動かしたりといったレクをしていたんだけども、
            「あんなのやって何になるんだかなぁ…」
            たまにしか行かない親父さんが思うんだから
            毎日やってる奥様にもそういう思いがよぎらなかった訳がない、と思う。
            体を動かす事は本当に大切で、必要だと判っていても
            何時までこれを続ければいいのかしら…。
            果たしてこれで回復してるのかしら…。


            そんな生活の中でご主人が発した一言は、どれだけ奥様を癒した事か。




            それから数年が経って、
            「亡くなっちゃったってよ…」
            そんな連絡が来たのが残暑厳しかった先月。
            親父さんは親父さんで、長年の親友を亡くしてがっくりしてたけど
            ワタシは、奥様がようやくゴールにたどり着いたんだな、
            お二人とも完走されたんだな、と何となく落ち着いていました。
            あのおばちゃんなら、後を追って…!?なんてきっとしない。
            ちゃんとご自分で生活していける。
            妙な確信がありました。勝手にw




            で、オチいきましょうね。しんみりしちゃったんで。冷や汗
            まだまだ家に居座る娘にお約束の
            「そろそろ出てってもらいたい」
            「孫には”おじいちゃま”って呼ばせたいわねぇ??」
            「孫は泊まらせてあげるけど、『お母さんはダメって言うんだよ』って孫によく言っとかなくちゃ。
            (その心は?)だってもうご飯作ったりするのめんどくさいから(爆笑)」
            という一通りの文句を日々ありがたーく頂戴してるわけですけど
            娘も馬鹿じゃありませんから反論しますよ。

            で、自分でもだいぶ言っちゃったな汗がこれ。
            「一番身近な夫婦が毎日のように罵り合ってる姿を見てて、
            その子どもが家族持ちたいと思えると思う???」

            …うーわーきっついなーサイテーですね。
            ワタシこんな子ども持ちたくないな汗
            絶対ヤダ。

            でもこれが結構いいお灸になってですね、最近よく一緒に出かけますよ。
            まあ、いろいろ二人で出かけないといけない機会が重なってることもあるんですけど
            罵り合って喧嘩しあって文句言い合いながら
            でも二人で出かけてます。
            親父さんのケータイの待ち受け画面が
            景色を撮りながらもちっちゃくおかんが写ってる写真になってるのはここだけのヒミツ。
            ↑たぶんみーちゃんがそうしたんだろうけど、親父さん変えないんだもん。

            おばちゃんも不思議がって
            「そのうち子でも出来るんじゃないの?」
            えええ!?びっくり(実話…o(≧o≦)o汗汗
            もうきょうだいはいいです、てかおかんが無理です。

            | ありがとう | 14:59 | comments(0) | trackbacks(0)
            深夜2時のありがとう。
            0
              misatowatanabe.com
              みさっちゃん、ホントは今でも、あいしてゆラブ


              いよいよ2005年8月6日運命の完走の日であります。


              せいぶきゅーじょー時代に数回参戦しただけですけど、
              今でも春頃にチケット先行予約の案内葉書を頂きます。
              (他の会場のライヴもちょこちょこ行ってたからかな。)
              今年でおしまい、という情報は早々と聞いていたので
              久々に行っちゃう?とか思ってたんですけど


              あの頃と今とではワタシは随分違うところに立ってる事を実感して切なくなってみたり…


              明日も元気にゆるーく出勤です。
              仕事終えてから
              新幹線で行くか?、とか
              ロマンスカー乗っちゃうか?、とか
              色々試行錯誤はしたんですが


              物理的に無理だったのと
              そこまでして行く気持ちにはなりきれなかった。


              音楽は、どんなに良い機材をそろえても生(ライヴ)に勝るものは無い。
              と今でも信じてますから
              あの、スタンド席の一番後ろでいいからみさっちゃんと同じ空間を共有したい。
              という気持ちは物凄くあるんだけど


              ワタシが変わってしまった、としか説明がつきません。
              (老化?…老化かも…冷や汗




              でもそれでも明日の夜は、みさっちゃんのCDを引っ張り出して
              鼻歌うたって、この気持ちを所沢の山奥に届けていることでしょう。
              お天気だといいネ晴れ







              ワタシの暗黒の中学生時代を救ってくれたものの一つがみさっちゃん。


              中学の時はホントに友達が少なくて、
              所属していた水泳部が人数不足で廃部になって更に友達繋がりが減っちゃって、
              同じクラスの仲のよい子がお休みすると
              独りでお弁当食べることになっちゃって、
              でも気にかけてくれるコが誘ってくれるので混じって食べてたり。

              休み時間も教室から出ることも無く
              仲良しのコとずーっとたわいの無いことを喋って
              レポート用紙にあーだこーだ落書きしながら。
              レボート用紙、交代で持ってきたなぁ。でもほとんど彼女が出してくれてたなぁ。


              非常に暗い中学生です。


              でもクラス中の皆が知っていたのは
              『なまづはみさとが好き』

              あのこっくりさんに聞いてくれたコがいて
              ちゃぁんと「み・さ・と」というお答えを頂いたという筋金入です。
              (目の前で見ちゃったので大受けでした。他のみんなは好きな男の子の名前とかだったのに!


              雑誌の切り抜きは当然、新聞の切抜きまで丁寧に持ち歩いてました(嗚呼若気の至り…



              そんなワタシがライヴに行きたがらない訳がありません。
              その頃から門限をとやかく言わない両親ですが、
              流石に所沢は遠かった……。
              しかもチケット取れず(チケットさえ取ってしまえばどうにかなると思ってた(w

              当てつけのように居間で時計を見ては
              「あー今、開場したな〜」
              「あ〜1曲目何かなぁ〜?」
              ……やっぱり暗い中学生。

              でもその年はあの伝説の「本当に歌いたいのはあたしなんだけどわかってくれる?」
              の、嵐で中止になった年だったんです。
              無理して行かなくてよかったよ、とは親心。
              ならば尚行きたかった、とは親の心子知らず。



              翌年は某保険会社のマスコットだったみさっちゃん(懐。
              その保険に入ってたのでまんまと外交員のおばちゃんからチケットゲットラブ
              祝初参戦は世界最強ノリの悪かったおばちゃんとでした。
              (だってただのお守りだもんねぃ。

              ライヴの味をしめたワタシは
              翌年も当然参戦。


              何だかんだで高校入学。

              部活ばっかりやってた高校生でありました。
              でもライヴはいくぞ!
              同志が居たのでよこはまアリーナに一緒に行ったりしましたが

              さすがに所沢は、誘うには遠すぎた…。

              それでもめげずに独りで参戦。
              回りも構わず歌って跳ねて歌って!
              満喫でありました。






              で、やっちゃったんです。





              終電で降りそびれた。






              終着駅は本来降りるべき駅から3つ先。
              否応無くホームに下ろされて
              判ってたけど登りホームは真っ暗で
              お財布の中はたった1000円………(駅から家までの最終の深夜バス代だけ)


              ど、どうする、
              とりあえず、公衆電話で家にかけてみるけど誰も出てくれない。

              あ、えーと、
              やっぱりタクシーしかないか。
              家に不足代金を取りに行かせてもらおう。
              買い込んだライヴグッズ全部車内に残していけば、信じてもらえるか知らん??
              (浅はかなり…。でも必死。


              タクシー乗り場には既に二人。
              真夏だからね、そんなに寒くなかったし、並びましたよ。

              でも待てども待てども来ない。
              あと二つ先の駅だったら、新幹線も止まる大きな駅だから
              もっとタクシーもあるんだろうけど、致し方ない。

              ようやく1台。
              最初の人が乗り込んだ。

              サラリーマンのおじさん(と当時は思ってたけど、まだ若かったんじゃないかな)と
              ワタシ。

              パンフレット見たりして時間を過ごす。



              ようやく1台。
              おじさん乗り込む。
              と、


              『一緒に乗ってきなさい。』


              …否、でもワタシ遠いんですョ。乗り越しちゃって。
              『何処らへん?』
              …はぁ、三つ前。
              『なんだ、一緒だ、待ってても次また何時来るかわからないから、早く早く』
              運転手さんも『そうだよ、こんなところ独りで待ってる方が危ないよ』

              そりゃそうだ。


              とりあえず乗らせていただく。
              で、早速場所を説明して、同じ市内とはいえ場所が離れすぎて居ることが判明。
              『でも、先に回るからね、そっち経由でお願い』
              そうおっしゃって、運転手さんもさっさと発車。


              深夜の1号線はガラガラで、ほんの数分で着いたような気がしました。
              早かった。


              市内に入ったころ
              持ち合わせが明らかに足りないことを事細かに説明して
              お願いだから停車して待っていて欲しいとお願いしていたのですが
              『そんなに値段変わらないから』とやんわり断られる。


              到着して、再度、待っててくださいね!と最後の1000円札を手渡すと、
              『いいの、いいの、困った時はお互い様だから、ネ。』
              と1000円をしっかり返されて、
              車は行ってしまった。







              お礼も、お返しのしようもなく。





              でも、サラリーマンのおじさんと、運転手さんに
              ワタシに一つ残していただいたもの。
              『困った時はお互いさまだから』

              ワタシはこれからもこの話を事あるごとに話題にします。
              もちろん、いつか、ワタシと同じように駅で立っているコがいたら
              手を差し伸べるのが一番のお礼じゃないかな、と思っています。
              …いつになるかはわからないけれども。





              今日、せいぶドームに行かれる皆様、
              最高の夜を楽しんできてねぃラブ


              あと、くれぐれも終電で寝過ごさないように!




              | ありがとう | 00:15 | comments(0) | trackbacks(0)
              携帯を持った理由。
              0
                昔々の話です。
                大学生のころ、家には弟のPCしかなく、ネットや卒論、レポートはもっぱら学校のPCでしていました。
                1月。その日も来年の卒論の追い込み?と、
                ネットを見るのとで(否、ネット8割ぐらいでしたね。ごめんなさい。)
                わざわざ居残り届まで出して学校のPC教室に残っていました。
                雨が雪になって、教室はワタシだけになっていました。
                もう8時近かったと思います。
                管理の先生が「雪が酷くなってきたから早く帰りなさい。」と声を掛けに来てくれて、
                「家まで帰宅するのに2時間かかる」という話をすると
                電車が止まると大変だからと心配してくださいました。


                外はもう少しずつ雪が降り始めていて、
                いつもなまづが「成金趣味」と悪口を言っていた校内は真っ白でした。
                駅まではたいして離れていないので雪を楽しんで歩いていきました。
                電車は既に徐行運転の為に大幅に遅れていて、
                ホームの駅員さんに確認をすると、取りあえずはJR一本でいつも通りに帰れることがわかる。
                とにかく東京駅に向かいました。
                東京駅に出て、その先のJRがダメなら地下鉄なり私鉄を乗り継げばどうにかなると思っていました。
                友達の家にお邪魔してもいいかな。とか非常にのん気に構えていました。
                東京駅でもホームの駅員さんに確認。
                「徐行ですが動いていますから、ホームに待機している列車にとにかく乗ってお待ちになった方がいいと思いますよ。」
                ホームには左右二つの列車。
                先発の列車は始発なのに既に満員。
                後発はまだ座席に余裕がある。
                どうせ時間がかかるのならば、と後発の列車に乗ったのが運命の分かれ道。
                そうとは知らずにそそくさと座って寝ていたか本を読んでいたか…。
                一体何時間遅れなのかさえわからない状態で、随時出発していきます。
                とりあえず乗り込んだ列車も出発。
                超徐行運転。途中で何度も駅でないところで一時停止しながらも、それでも進む。
                こりゃよかった。大丈夫だ。そのうち着くでしょう。と、うとうとし始めたとき、再び電車は止まりました。
                横浜駅の手前。
                全ての列車が徐行運転の為列車が詰まってしまい、
                前の列車(最初に満員で乗らなかった列車)がホームに着いたものの発車できない状態とのこと。
                しょうがないな〜。またすぐ動くでしょう…………………。




                動きませんでした。1時間2時間とどんどん時間が過ぎていきます。
                なまづは最後列車の車掌さんの部屋のすぐ横の座席にいました。
                前の方の車両から血気盛んな乗客が満員の人を掻き分けて進んでくる。
                そして怒鳴り込む。「何時間待たせる気だ。病人が出るぞ!」
                車掌さんも必死で本部?に無線で連絡を入れるも、聞こえてくるのは同じ科白ばかり。
                「車掌はそれぞれの職務を全うせよ」
                他の乗客も叫びます。
                「ふざけるな!おまえらが職務を全うしろ!」
                でもそんな乗客ばかりではありませんでした。
                鮨詰めの車内は暖房を入れればすぐに熱気がこみ上げてくる。
                だからといって暖房を切ると、外は雪、すぐに凍えるような寒さになる。
                その空調の状態を伝言ゲームの要領で車掌さんに伝え合う。
                互いに席を譲り合う。
                なまづもさすがに目が覚めて、前で立っていた女性に声を掛けました。
                と、となりの若いお父さんが立ち上がり
                「私が立ちましょう。男性で体力がありますから。」
                でも聞けばその人も横浜の先で乗り換えて行かなければいけない駅で降りるとのこと。
                なまづは立っていても大丈夫と伝えたけど親切に譲ってくださるので、
                女性の方はなまづの隣に座ることに。
                …正直ありがたかったです。貧血なまづはあの空間で立つ自信がちょっと無かった。実はね。





                車掌室にけたたましいベル。
                誰かが非常コックをひねりドアを開けて外へ飛び出した模様。
                同じことをすれば出られる。おそらく大多数の人たちにひらめく。
                しかし車掌さんのアナウンス。
                「線路にお客様が降りられると危険防止装置(?が働きそれを解除する為に更に発車が遅れます。」
                重い空気。
                このままでは日付けが変わってしまう。
                さっきからポケベルにメッセージが沢山入っている。
                家から、友達から。
                参ったなあ、電話がかけられる所じゃなきゃ意味が無いじゃないか。
                そうこうしているうちにまたドアを開けたベルの音。
                車掌さんのくたびれた声。
                無線の同じことを繰り返せす冷たい声。







                がしょあん!!!
                冷たい風が車内に急に入り込み、ドアが全部開く!
                「早く降りるんだ!怪我人が出ちまう!」
                順に車内から線路に飛び降りていく。
                下に居たのは消防服の人たちでした。
                座席にいたなまづは必然的に最後になる。
                「はやく!」
                下でちょっと恰幅のいい白いコートのサラリーマンのお兄さんが両手を広げていました。
                たまたま近くに残っていたOLのお姉さんと順に飛び降りて受け止めて貰いました。
                (重くて申し訳ないです。おかげさまで怪我ひとつしませんでした。)
                みんなで雪に覆われた線路の上を歩いて、はるか先にちらちらと明かりが光る横浜駅を目指す。
                リーマンのお兄さんはいつの間か居なくなっていましたが、OLのお姉さんがずっと一緒に歩いてくれました。
                ようやく駅に着き、ホームへ上がると、
                東京駅で乗らなかった先発の列車が止まっていました。欲を出さなければ乗っていた列車。
                それはそうと家と友達に連絡を取らなくっちゃ!と公衆電話を見るも長蛇の列。
                おそらくホーム以外の改札の外の公衆電話も同様でしょう。
                と、そのときお姉さんが「はい、これ使って!」
                お姉さんの手には噂になり始めていたケータイデンワ!!
                「でも電話代すごく高いんでしょ?」
                「そんなことはいいからすぐにお家に電話しなよ。学生さんでしょ?」
                今にして思えばがっちりでっかいケータイでしたが、
                ポケベルななまづは手のひらに収まる電話にえらく感動していました。
                ようやく連絡がついた娘に「すごいんだよ、ケータイデンワお借りしてるんだよ!」
                とどうでもいい話題ばかりをされた母。ごめんよ。
                結局電車はすべて運休となり、始発もちゃんと出るかもわからないという説明でした。


                さてどうしよう?お金もなーんにもない。
                「ご飯食べてないでしょ。」
                時間は既に日付を越えていましたが、「居酒屋は開いてる」
                とお姉さんのおごりでご飯を頂く!!
                新橋あたりでOLしてる事とか
                茅ヶ崎市民だとか
                仕事は大変よう(もう就職活動でス、という話になったから)という話とか、
                なんだか沢山お話しました。
                そのあと駅のすぐ近くのホテルがロビーを開放してくれていることがわかり
                そこのソファーでぐっすり爆睡…………………。


                お姉さんが起こしてくれたときには、既に5時。
                始発は順調に走り出していました。
                「一回家に帰って、シャワー浴びたらそのまま出勤」
                と苦笑いしていたお姉さん。
                電車の中でも二人とも爆睡で、
                お姉さんは途中で降りていきました。
                また会ってちゃんとお礼がしたかったけど、お姉さんは
                「気にしないで。」
                と笑って去っていきました。。。


                そのあと、なまづはお姉さんが住んでいると話していた市内に勤務。
                初給料で両親にお礼、なーんてことはさっぱり考えず(^^ゞ
                初代ケータイデンワを買いに行ったのでした!



                この夜に出会ったみなさん、ありがとう
                ベルにメッセージを入れて心配してくれた
                友達と家族に感謝。
                翌日午後から登校して心配して下さった先生にも!
                | ありがとう | 00:28 | comments(1) | trackbacks(0)
                | 1/1PAGES |
                CALENDAR
                S M T W T F S
                    123
                45678910
                11121314151617
                18192021222324
                252627282930 
                << June 2017 >>
                      @meilensteine
                SELECTED ENTRIES
                CATEGORIES
                ARCHIVES
                RECENT COMMENT